イエスキリストの歩いた道を歩いてみた話【エルサレム×イスラエル×世界一周】

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10月21日
~エルサレム~
エルサレムにきた目的。



“嘆きの壁”を見たい。




あ、昨日たまたま見てしまったんだった。

覚悟もないまま目的にしていたものを見てしまった時の気持ち。




そう、それはずっと片想いだと思っていた大好きな人から不意にKissをされた時のような気持ち。



そう、それはまったくチーズののりが悪いピザポテトを食べていて最後の一枚にめちゃくちゃチーズがついていた時のような気持ち。



嬉しいという気持ちが大半なんだ。
だけど、だけど何かしっくりこない。



そのしっくりこない何かを埋める必要がある。



Kissの場合は愛の告白を。

ピザポテトの場合は大きいサイズの購入を。


“嘆きの壁”の場合は予習をした上での再訪をだ。



なので、今日は嘆きの壁をしっかりと見に行く事にしました。



そして、もう一つエルサレムにきた目的があります。



“Via Dolorosa”を歩く事。


“ Via Dorolisa”別名“悲しみの道”


ここはイエスキリストが十字架を背負い歩いた道です。


イエスキリストが歩いた道が今も残ってるんですよ。

その道を歩きたい。
敬虔なクリスチャンではないですが、17歳から20歳まで聖書の勉強をして毎週教会にも通っていたんです。
今はもう聖書を開く事はなくなりましたが、やっぱり聖書の中に書かれていた場所を自分の目で見てみたいとは思う。


なので、今日は“Via Dolorosa”を歩いてから“嘆きの壁”を見に行くことに。


イブラヒムゲストハウスから一番近い旧市街の門は“Lion's Gate”とよばれるところ。


その門をくぐってしばらく歩くと…



ここです。
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“Via Dolorosa”

では、キリストが十字架を背負って歩いた道のりをチェックポイントを踏まえて紹介します。


①ローマ総督ピラトの官邸
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ここでキリストは死罪の判決をうけました。
現在はエル・オマリヤ・スクールという小学校です。

②鞭打ちの教会
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ここでキリストは鞭でうたれ、十字架を背負わされました。

③オーストリアンホスピタル前
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ここはキリストが最初につまづいた場所です。

④ここからキリストの母であるマリアがキリストの姿を見ていたと言われています。
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⑤ここはシモンという人物がキリストの代わりに十字架を担いだ場所。
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⑥ベロニカ教会

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この教会の前でベロニカがキリストの顔を布でぬぐいました。

⑦ここでキリストは再びつまづきます。
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⑧この場所でキリストは悲しむ女性達を慰めました。
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実際、この場所には多くの女性がこられていました。

⑨ここでキリストは再びつまづきます。

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そして最後の場所。

聖墳墓教会

ここには元々教会はたっていませんでした。
教会が建てられたのは336年。
それまでの間、ここには丘がありました。

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ゴルゴタの丘


キリストが磔にされた丘です。


この場所でキリストは亡くなりました。
亡くなった場所は現在このようになっています。

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この上には香油が塗られています。
キリストの亡骸にも香油が塗られてたんです。

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こちらはキリストのお墓。
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元々は洞穴だったそうです。



これがキリストの歩いた道、“Via Dolorosa”です。

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一緒にいってくれたとっくんありがとうねぇ~。
アウシュビッツもそうやったけど、こういう場所に誰かと一緒に行くのってすごく意味がある事やと思うんです。
その時の自分の気持ちとか意見とか推測とか考察を共有できるのってやっぱり記憶に残ると思うんですよね。


で、このVia Dolorosaですけど・・・

本当にここを歩いたのかどうか?


僕は本当に歩いたんだと思っています。


それは信仰心からくるものかどうかと言われるとそうではないかもしれません。
ただ、一つの史実としてはあった事だと思ってます。


僕は信仰心云々ではなく、聖書が好きなんですよね。
フィクションかノンフィクションとかそんなんではなく、一つの本として好きなんです。


西遊記で玄奘三蔵がシルクロードを通って経典を届けるでしょ?

そのシルクロードを歩くと『あー、ここが三蔵法師が歩いた道なんやなぁ』っていう感想をみんな持つと思うんですよ。


『うそやーん、こんなとこ人間が猿と豚と河童の化け物連れて歩かんやろ~。
猿はわかる!!豚もまぁわかる!!
けど、河童て!!!!
堺正章はわかる!!西田敏行もまぁわかる!!
けど、岸辺シローて!!』



こんなん思わんでしょ?多分ね?


それと同じ感じなんですよ。

信仰心のあるなしに関わらず、この道を歩くとなぜか当然のごとく
『ここをキリストは十字架を背負って歩いたんだ』
という気持ちになるんです。



まぁ、レストランはあるしお土産屋が立ち並んでるし、しまいには“Holy Rock Cafe”という“Hard Rock Cafe”をもじった場所まであるんですけどね。



次は二回目となる“嘆きの壁”

今日はちゃんと準備したもんね。




心も知識も単焦点レンズも!!!



まずは“嘆きの壁”について。

この壁は元々はユダヤ教の神殿を囲んでいた西側の壁なんです。
ユダヤ人はかつて、この神殿で自由に祈る事ができていたんです。

しかし、ローマ帝国によってその神殿は紀元70年に破壊されてしまいました。

神殿が崩壊してから、ユダヤ人は一年に一度だけこの場所で祈る事を認められました。

さらに、1948年にはヨルダンの管理下におかれることになり、ユダヤ人は近づく事も許されませんでした。


しかし、1967年6月7日、六年間にも及ぶ戦争の後、ユダヤ人は1900年間自由に祈る事ができなかったユダヤ教の神殿跡で祈る事ができるようになったんです。


“嘆きの壁”と言われている理由ですが、夜になると壁に生えている草を伝って岩の間から浸み出した夜露が落ちる姿がユダヤ人の流す涙のようだからなんです。


意味が意外じゃないです?
僕は完全にユダヤ人の方が壁にむかって泣きながら祈ってるからだと思ってました。


では、今日僕が見た嘆きの壁の様子です。

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本当に不思議な光景ですよね。

ユダヤ教の神殿を囲んでいた壁ですよ?
その壁に何度も何度も頭をこすりつけて祈ってるんです。



もーね、僕ごときが解釈できる光景じゃないねん。
ないんやけども、実際に見たものと今まで聞いていたものとは全然違った。

やっぱり自分の目で色んなものを見るのってほんと大切な事やなぁって思いました。

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日本語で話しかけてくれて一緒に撮ってくれたんです。
めっちゃうれしかった!!



この後僕は宿に戻るのですが・・・・

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えげつない坂道をあがることに!!!!


疲れた・・・・

これは翼を授けないと死んじゃう・・・・



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・・・・




げ・・・・・






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0%って何のため!!!!!!



けども・・・


宿に帰ると素敵な出来事がまっていました。


そう。
エルサレムにきた目的がまた一つ叶うとは。


次回。

僕は本気で泣きました。


本日の一枚


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"全力で笑おうよ"

本日も拝読ありがとうございました!!

リアルタイムは…【エチオピア ダナキル中なのでネットがありません!しかしコメント大歓迎!!】!!


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2 Comments

トゥカン♂  

結露

嘆きの壁って結露が由来なの?ムンクの叫びも「叫んでる」のでなく「叫び声が聞こえる」から耳をふさいでる説がありますね。
きよしこの夜で、救いの御子は「馬槽のなかに」か「御母の胸に」どちらで歌うかでプロテスタントかカトリックかわかる説がありますね。

2013/11/25 (Mon) 07:15 | EDIT | REPLY |   

sho  

☆トゥカンちゃん☆

そうらしいんですよ~。
もっとすごい由縁があるのかと思ってたんですが、結露が正体なんだと…

僕"みははの胸に"派です!!
もう一個の聞いたことない!!
さては、あなたきよしこの夜のもぐりですね!!

2013/11/28 (Thu) 17:12 | EDIT | REPLY |   

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